連載童話「たぼこ王国」第8回 文・絵:吉田 仁

(8)気管支ぜんそくの話

「王子、またいつもの発作か。」
王様は、さけばれました。
「誰かー。王子が大変じゃ。主治医を呼べ。」

挿絵

王子の顔は青ざめ、くちびるも青く、肩で息をしています。
のどや胸からは、ヒーヒーゼーゼーと音が聞こえています。
何とかイスに座ると、力の限り息をしています。
でも少しづつ、目はトロリとして来て、少し眠気がさしてきているようです。
息は段々弱くなっていきます。ゼーゼー、ヒーヒーの音も弱くなってきました。
王様は、オロオロしているだけです。主治医は、未だ到着しません。
「この城の中には、医薬品はありますか。ベットはどこですか。そこへ王子を運びます。このままでは息が止まります。酸素はありますか。注射薬はありますか。救急セットはありますか。」
突然ドクターは、がまんできずに、次々と質問をしながら、王子をだき上げました。
家来に案内されて、診察室まで王子を運んだドクターは、そーっと王子を診察台の上に降ろしました。
そして聴診器で王子の呼吸音を聞いてから、手早く酸素ボンベのコックを開き、酸素のマスクを王子の鼻にあてがいました。
王子の息は、かなり弱くなっていて、かよわく引きつるようにするだけでした。
顔もくちびるも真っ青で、全身は冷えているのに、たくさんの汗をかいていました。そして意識はほとんどなくなっていました。
ドクターは、急いで、薬品だなを開いて、点滴をセットしてから、王子の腕に針を刺し点滴を始めました。
ドクターは、王子の呼吸音を何度も聞きながら、注射液を追加したり、点滴の速度を調節したりと治療を続けました。
そうすると、15分ぐらい経ったところで王子の意識が突然もどりました。顔の色も少し赤みがさしてきました。

連載童話「たぼこ王国」第8回 文・絵:吉田 仁

ドクターが言いました。
「もう大丈夫でしょう。王様。息が止まるところでした。危ないところでした。王様。」
王子が突然「うー」と言って目をぱちくりさせました。
王様は、かけよって王子の手を取って言われました。「よーくがんばった。苦しかったろうなー。」
そしてドクターのほうに向いて
「ありがとうドクターブック。王子の命の恩人じゃ。」と感謝の言葉を言われました。
王様は、王子が治療を受けているあいだオロオロするだけでした。
王様も子供の頃からこの苦しみを何度も味わっていましたから、恐ろしくて何も手が出せなかったのです。
「王子はおいくつですか、王様」ドクターが聞きました。
「11歳じゃ。」
「では、王子も。」
「そのとおりじゃ、王子もタバコをもう1年以上吸っている。」
王様は直ぐに答えられました。
「しかし、気管支ぜんそくの発作は、2歳くらいから起こっている。これもタバコが原因か。」
王様は、この発作が気管支ぜんそくの発作であることが分かっていました。
「最近の研究では、タバコが気管支ぜんそくに強く影響すると言われています。」
王子は続けてドクターから、吸入の治療を受けました。
その後、大変疲れたのでしょう、深い眠りにつかれました。息はさっきとは較べものにならないくらいおだやかでした。
その時、王子の主治医が部屋に到着しましたが、王様は、追い返すように「帰ってよい」と言われました。
「王様、少し気管支ぜんそくとタバコの関係についてお話しましょうか。」
王様は疲れていましたが、気合を入れるように「望むところだ。」と答えられました。
「王様、気管支ぜんそくがなぜ起こって、なぜタバコが悪いかは、今までの話よりかなり難しく、たくさんの言葉の意味を理解しないといけません。覚悟は出来ていますか。」
「よかろう、やってくれ。」
「まず、アレルギーという言葉の意味から始めます。」
「アレルギーとは、ほとんどの人がまったく異常な反応を起こさない、体の外から入ってくる異物に対して、普通以上の反応を起こし、この反応により自分自身を傷つけてしまうことです。」
王様は、首をかしげられました。
「このアレルギーを起こす異物のことをアレルゲンと言います。」
「もしこのアレルゲンを息といっしょに吸い込んだり、食べたり、時には肌に触れたりするだけで普通以上の反応が起こるのです。」
王様の首はもっと傾きました。
それを見たドクターはゆっくり続けました。
「分かりやすく話しますと、家のほこりと言う異物を吸い込んだら、普通は咳が出るだけですが。」
「ほこりというアレルゲンにアレルギーのある人は、ほこりを吸い込むと普通以上の反応を起こして、咳だけでなくヒューヒュー、ゼーゼーと気管支ぜんそくを起こすということなのです。」
「気管支ぜんそくは、主にこのアレルギーが引き起こす病気なのです。」
「そして、気管支ぜんそくなどのアレルギーを起こしやすい人の事を、アトピー体質の人といいます。」
「気管支ぜんそくでは、ほこりやダニの死がいが、非常にも重要なアレルゲンなのです。」
ここでドクターは、王様の顔をのぞきこみながら言いました。
「タバコの煙は、このアトピー体質を作りやすくする働きがあるのです。」
「ですから、小さい時から親やまわりの人が吐き出すタバコの煙を吸って育つと、小さいときからアトピー体質になってしまい、気管支ぜんそくが起こってしまうのです。王子様も同じです。」
「自分で吸うと、もっとひどくなってくるでしょう。」
「王様、これを見てください。」
ドクターは、紙に図を描き始めました。
「以前にお見せした図にも描きましたが、気道の壁の中には、筋肉が取り巻いています。」
「気管支ぜんそくの発作の時は、この気道の中にある筋肉が、キューとちぢんでしまいます。」
「すると巾着のひもをしばるように、気道を細くしてしまいます。」
「さらに気道の内側には、粘液というドロドロした液体がたくさん出てきます。より一層空気の通るところがせまくなってしまいます。」
「こんな風に空気が通りにくくなってしまうことが、アレルギーの反応で起こるのが気管支ぜんそくの発作なのです。」
ドクターは自分の書いた絵を指さしながら説明しました。
「そしてもうひとつ、タバコの煙は気管支ぜんそくに大きな影響を及ぼす理由があります。」
「咳や気管支炎の話のところで、タバコの煙に入っているシアンなどが、気道の表面の細胞を溶かしてしまうと話しました。」
「覚えておられますか。」
「うん」王様はうなずかれました。
「このシアンなどの働きと同じように、アレルギーでも気道の表面の細胞を壊してしまうのことが起こります。」
「表面の細胞がこわれてしまうと、気道の神経が顔を出してしまいます。」
「その神経が息の風に、刺激されて咳が出る話をしました。」
ドクターは、別の絵を描き始めました。
「実は、その神経は、気道の筋肉、血管、粘液を出す細胞にもつながっています。」
「これを見てください」
ドクターは、ひとつずつ指さして続けました。
「神経が刺激されると、筋肉はキューと縮んでしまいます。」
「血管からは、血しょうという水がもれだしてきて、気道の壁がむくんで、ぶ厚くしてしまいます。気道はさらにせまくなってしまいます。」
「ついには、粘液細胞から、大量のドロドロした液体が気道の中に出てきます。」
「気道は、どんどん狭くなっていきます。」
「王様、お分かりでしょう。タバコを吸うことで、タバコの煙自体でも気道の表面の細胞を溶かしてしまうのに、アレルギーの反応ででも、気道の表面の細胞をこわしてしまうのです。二重三重に気道を狭くしてしまうのです。」 「タバコは、二重三重に、気管支ぜんそくを重症にしてしまうのです。」
「タバコを吸っている人は、元々この気道の細胞が溶けて神経が顔を出していることが多い人ですから、簡単に今お話したアレルギーの反応が起こってしまうのです。」
王様は、王子の顔を見ながらドクターの話を黙って聞いていましたが、思いついたように、突然大声を上げられました。
「大臣を呼べ。」
「すぐに、タバコを吸うことを禁止する。タバコ農場もタバコ工場も閉鎖する。」
王様は部屋の中をうろうろしながら、次々にさけばれました。
ドクターは、王様のそんな姿を見ながら満足そうに笑いました。
そしてドクターは、思いました。
「この国での仕事は終わった。」

連載童話「たぼこ王国」第8回 文・絵:吉田 仁

それから何年もたちました。
タバコ王国の城下の広場には、立派な『健康王』の銅像が建ちました。
そして、タバコ王国は、元気な国民が生き生きと暮らす国に生まれ変わっていました。