医療法人 葉月会 吉田クリニック

 

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連載童話第五回

文、絵:吉田 仁

 

たばこ王国

 

(5)せきの話

「王様、よいことに気づかれました。」
「しかし、王様、せきだけではありません。」
「お国の老人の多くが、酸素ボンベを手放せないのはなぜでしょう。」
 ドクターブックには王様の気持ちが確実に変わっていることに、自信が持て始めていたので続けました。
「王様、これからお話しすることは、大変むずかしいことかもしれません。ですから、ゆっくりお話します。」
「まず、呼吸についてお話します。」
 王様は聞きなれない言葉にとまどいながら、「呼吸とは何じゃ。」と聞かれました。
 ドクターは、再びポケットから紙を取り出して、話し始めました。
「この図に描いてあることすべてを、呼吸というのですが。」
「人は、鼻や口から空気を吸います。その空気は、気管、気管支という空気の通り道、気道を通り、肺の中に入っていきます。」
「そして、吸った空気は、左右の肺に3億個(300000000)もある小さな肺胞という風船の中に流れ込みます。」
「この空気の中の酸素(O2)は、肺胞に接してる血管の中の赤血球。以前お話したトラックです。赤血球によってからだじゅうの細胞に運ばれます。」

 

(5)せきの話

 

「細胞の中で、酸素(O2)と栄養素からエネルギーが作られ、細胞が生きています。活動できるのです。」
「そのとき排気ガスとして、二酸化炭素(CO2)と水が細胞から血管の中に出ていきます。」
「その二酸化炭素(CO2)は、血液の中に溶け、再び肺まで運ばれ肺胞の中に出て行きます。」
「二酸化炭素(CO2)は、気道を酸素(O2)とは逆向きに通り、鼻や口から吐き出されるのです。」
「このすべての行程を呼吸といいますが。普通は、肺での酸素(O2)と二酸化炭素(CO2)の二種類の空気の出し入れ(ガス交換)のことを呼吸といいます。」
 王様は食い入るようにして図を見ていましたが、「ここまでお分かりになられましたか?」
 ドクターの言葉で、ドクターの顔を見直したのですが、「先ほどの図を見てください。」
 急いで王様は、図をのぞき込みました。
「気道に何か障害が起こると、どうなるか想像してみて下さい。まずその気道の障害の話をします。」
 新しい図をドクターは、ひろげました。
「気道の壁を切ってみると、この図のようになっています。」

 

(5)せきの話

 

じーっと王様は紙を、見ておられましたが、困ったと訴えるように顔を再び、ドクターに向けられ。
「うーむ、説明せよ。」とつぶやかれました。
「気管支の壁を切って拡大しますとこのようになります。」
「気管支の内側には、きれいに気道細胞が、並んでいて。その細胞にはこまかいせん毛という毛が、生えています。」
「顕微鏡で見ると、まるでビロードの布の表面を見るようにおおっています。」
「そして、そのせん毛は、粘液というネバネバした液体につかっています。」
「気道細胞のすぐ下には神経の先端が、やってきています。」
「さらに、神経の下(外)には、血管や、筋肉があります。」
「このせん毛と粘液は、痰を口のほうに、運ぶ働きをしています。」
「せん毛が波の役目をして、海で波乗りするように痰を運んでいきます。」

 

(5)せきの話

 

ドクターはここまでゆっくりと説明しました。
 そしてゆっくりと、ソファーに座った王様の近くまで歩み寄って、続けました。
「タバコの煙の中には、シアンという気体の物質が含まれています。」
「シアン?」そう王様がつぶやかれました。
「ヒトのからだの大部分はたんぱく質で作られています。シアンは、そのたんぱく質を溶かしてしまう物質です。
「このシアンが、今からお話しする、2通りの仕組みで、咳の原因を作るのです。」
「気道細胞も、せん毛も、粘液もたんぱく質で出来ています。ですから、毎日吸うタバコの煙に入っているシアンのために、細胞が溶けて、この図のようにところどころ穴が開いてしまいます。」
「王様。この図をよく見てください、細胞が溶けているところを。」

 

(5)せきの話

 

「神経の先端が、顔を出しているでしょう。」
「息をするとこの神経の先端を息の風が揺らします。」
「その刺激で、神経には電流が流れ、咳中枢という所を刺激します。」
「そうすると、咳中枢から『咳をしなさい』と、命令が出されます。そして、咳が出るのです。」
「一日中、咳が出るのはそのためなのです。」
「タバコの煙に入っているシアンなどのたんぱく質を溶かす物質が、気道の細胞を溶かして、神経の先端を裸にして、咳を出しやすくしてしまうのです。」
 ドクターは、言い終ると、次の紙を王様に渡しました。
「王様、この紙に書かれているのは、もうひとつの咳の原因を説明するためのものです。」

 

(5)せきの話

 

 王様は、紙を渡されて、じーっと見ておられました。
 しかし、今までの話がまだ頭の中で整理出来ていない王様は、その図を見ても理解できず、ボーとしていると眠気までしてきました。
「王様、大丈夫ですか?」ドクターの声に我に返った王様は、「説明してくれ、でもゆっくりな。」といってドクターに紙を返されました。

 

(5)せきの話

 

「気道細胞が壊されると、せん毛も粘液もなくなります。」
「もともと、痰は、ほこりを吸って暮らしている私たちみんなの気道には、必ず出来るものなのです。」
「その痰は、先ほどお話したように、自然にせん毛と粘液の働きで口の方に波乗りするように運ばれていきます。そしてまるでベルトコンベアーのように。」
「ですから、健康な人は、痰が出来ていることに気づいていません。」
「気道細胞が、シアンによって破壊されると、このベルトコンベアーの一部が途中なくなっているのと、同じなのです。」
「もし工場でベルトコンベアーが一部壊れたらどうなります。人の手作業で次の壊れていないベルトコンベアーまで運ばないといけません。」
「この手作業の働きをしているのが、咳なのです。」
「咳で飛ばしてやらないと、痰は運ばれないのです。」
「タバコを吸い続けている人は、シアンによる気道細胞の破壊が直ることがないので、ずっと咳をし続けているのです。」
「ベルトコンベアーが直ることがないからです。」
 そういい終わると、ドクターはひざ曲げ体操をし始めました。
「アー、疲れた、今日はこれくらいにしましょう。いち、にー、さん」

 

(5)せきの話

 

「いち、にー、さん、王様。今日はここまでにしましょう。」
「王様。おうーさま。いち、にー、さん。」
「明日続きをお話します。でもお話しする事は、明日で、最後になるでしょう。」
「いち、にー、さん」
 体操しながらドクターが、大声で話しかけているのにもかかわらず、王様はドクターが渡した紙を何度も何度も、熱心に見較べながら首をかしげておられました。
「いち、にー、さん」
「王様、それでは」、ドクターは、あきらめて部屋を出て行きました。

 

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